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「聖徳太子の超改革」と「点と線」・・・。

「聖徳太子の超改革」と「点と線」、何となく続けて見ていたので、せっかくだから勝手に評論することにした。

・・・で、先ず、聖徳太子・・・。

思わずこんな人だったのなら、会ってお話しがしてみたい・・・と思えるくらいの「好人物像」に仕上がっていた聖徳太子・・・。

不運な事は、古代ゆえに、「思いと事実・現実の区別」が「十分に出来なかった」ので、

「思いによる納得法である仏教」をあたかも「事実・現実であるかの如く勘違い」してしまったことだろう。

聖徳太子自身は、「仏教に深くのめり込みながらも、仏教だけでは救われないことを悟っている」ので、神仏習合的発想を元に、「良いところ取り社会の構築」を行えた・・・が、

残念なことに「思いは思い、事実・現実は事実現実」という「しっかりとした境界線を設定出来ず」、

「混在・混沌を内在する日本社会の元」を構築してしまった・・・。

そして、その負の遺産は、現在も残っている・・・。

オカシイのは、外国勢力をバックボーンにして権力を手中にしようとする輩で、太子時代の蘇我も現在の○○も、「日本国のことなどどうでも良く、ヒタすら自らの権力・・・」だから、行く末は失脚・・・と相場は決まっているのだが・・・、

この愚かな文化も未だに解消出来ていない・・・のは、負の遺産ゆえ、だろう・・・。

おまけにその手の連中は、「国だけでは無く、人の命も、どうでも・・・」という「精神心理的に病気な状態」だから、太子の49歳での死も「毒殺では・・・?」と思う人々が後を絶たないのも当然で、調査は必需だ・・・。

現在を生きる人々にとっての仕事とは、「太子が古の時代ゆえに解消出来なかった負の遺産の解消」で、

事実・現実主義は、全世界的に望まれているのだし、現在では情報も十分に在るのだから、

実現可能である。

それなのに、ワザワザ宗教やあの世の世界等を美化優遇するのは、自虐的なのだ。

太子が生きて居たら怒るのでは・・・?

・・・・・・・。

次に、「点と線」・・・。

昭和32年なのに、両開きドアの湘南電車や横須賀線だったり、江ノ電の上にはエアコンが鎮座していたり・・・、蒸気機関車と言えば、ピッカピカのC57・1号だったり・・・、鉄道ファンの心をズッタズッタにするような在り得ない「無理実写」は、

まるで、「時代劇なのに、電信柱がある」みたい・・・で、

「50周年見るに耐えない映像、50周年集金利権~役者JR等ばら撒き番組・・・」の様相を呈し、

現状のテレ朝を良く表現している。

こんなおバカを行うくらいなら、素直にCGにすれば良かったのに・・・。

セイチョウさんが生きていたら、怒るでしょ・・・。

物語の筋は、今でも同じなんじゃないの・・・と思える、太子時代以前から続く権力・利権毒がらみの殺人だから、

毎度、毎度、・・・嫌になる。

こんな事ずっと続けていなくてはならない理由など、何一つ無い。

続けたいのは「権力者として産まれ育っている人々と、そのオコボレ利権にあり付いている人々、あり付こうとしている人々・・・」だから、「病人たち」である。

そろそろ、流れを変えるべき時だが・・・。

何で、こんな放送局が全国放送の権利を持ち続けているのか・・・!

勝手に金取るNHKも、読売渡りナベツネ放送も同様・・・、サンケイ日本を三一で囲いましょうも、黒(ブラック・ピッグ、大・創)豚TBSも、拝金テレ東も同じだが・・・。

平均年収1千5百万の小金持ちたち・・・、もう少しマシな仕事しなさい!!!

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