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科学的現実を否定する思いや心の天動説・・・。

科学的現実を否定する論理として、「抽象と現実の混同という概念」がある。

例えば、理論の上で扱う線や点は、面積ゼロだが、そんなモノは実在しない。だから、理論上の点や線は、抽象物であり、その抽象物で組み立てられた理論は、抽象的なものだ・・・抽象論と現実とを混同してはならない・・・科学的理論は抽象論であり、現実とは、科学的理論で捉えられていないものなのだ・・・というような論だ。

賢明な読者は、とっくにお気づきだろうが、上記の理論こそ抽象論なのである。

多くの哲学等は、考える為に考え、考えることで納得出来るように、組み立てられている。

つまり、一種の宗教のようなものである。

上記の例を少し詳しく見てみよう。

先ず、面積の無い点や線は存在しないか?

例えば、境界線は「実質的に面積が無い」が、存在する。

二本の境界線の交点である点は「実質的に面積が無い」が、存在する。

科学的に見るなら、この世界を構築している最小単位であれば、実質的点として扱って問題など無い。

その連なりを線として扱っても何の問題も無い。

「実用出来る。」

その実用を否定して、抽象だと言い、だから、例えば、「霊魂等の抽象概念も実在するのだ」というのは、「自己の思いを他人に無理強いする」意図的論理操作である。

光が重さ(物理学で言うなら質量)が無いとされているくせに、エネルギーを持ち、粒子であり、波であることも、何の矛盾も無く説明出来るのが、現代科学である。

人の精神活動だって、生理学と過去の記憶等との共鳴等の概念から、十分に説明出来るのだ。

もう、情報は十分過ぎるほどあるのだ。

何時までも「過去に縋りついていないで」、事実・現実を認めたら・・・?

未だに、自分の心や思いが天動説の人々よ・・・。

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