「物理的実体と思い(意識)を分けて認識」で優先すべきはどちらか?は、それぞれ違う・・・。

『「死生観や遺体処理等の場合」なら「物理的実体」と「思い・気持ち(意識・心)」を「分け」、

「物理的実体は、今時の人類として、適切な扱い・処理等をする」と「共」に、

「思い・気持ち(意識・心)」は

「思い・気持ち(意識・心)として、大切にすれば良い」』。

『「恋愛等」で「物理的実体に当たるのは、経済状態や社会的立場や外見等」だろう。

「恋愛等」とは「人間社会構築や世代交代等の個々のベース」でもある。

「其処で、物理的実体を優先する事」は、

「現況の固定化、もしくは、鋭利化等に力を加える事に繋がっている」』。

『「恋愛等」で、

「思い・気持ち(意識・心)」に「当たる」のは、

「本能的感覚(気)であり、思い・気持ち(意識・心)等」になる。

「そちらを優先する事」は、

「現況の移動・変更等に力を加える事になる」』。

『「経済や社会的立場や外見等を優先した恋愛等をする人々が溢れる人間社会」では、

「現状の経済・社会システムや外見利権等が、

より強い力を持ち易くなり、

その代々話が続けられ易くなる」』。

『「現状までの人間社会の歴史」は、

「正に、その様な状態」だ。

「その結果」として、

「現況では、

環境問題が激化し、

格差も広がり、

世界中で、不平・不満・不機嫌・不寛容等々が溢れている」』。

『「恋愛等」とは、

「実は、人間社会や世代交代の基本構造に他ならない」。

「その個々の人々による基本構造の集大成で、

人間社会が出来上がり、

歴史もつくられて来ている」』。

『「遠回りの様に思える方々も多い、かも知れない」が、

「地球環境問題や、格差問題等を是正させる方向に力を加える」なら、

「個々の恋愛等」で、

「優先すべき」を

「経済や社会的立場や外見等では無く、

本能的感覚(気)やそれに基づく思い・気持ち(意識・心)」に、

「意識的かつ積極的に{する}事」が

「有効」になる』。

『「恋愛等は、個人レベルで、それこそ誰にでも、比較的、自由に出来る事」だ。

「誰もが出来る、身近な、人間社会健常化法や地球環境問題改善法が其処に在る」』。

『「誰もが、衣・食・住・子育て等を普通に出来る人間社会を望む」なら、

「民主主義社会では、その実現も当然になる」。

「しかし、極一部の人々に偏在している経済や社会的立場や外見等を偏重する事を是とする人々の数が多ければ、

{誰もの普通}は実現し得なくなる」』。

『「恋愛等で経済や社会的立場や外見等を優先する者たち」とは、

「健常な人間社会構築」や、

「地球環境問題の改善」等を

「邪魔している者たちでもある」のだ』。

『「近未来において、永遠の恥辱に染まる道の上に置かれる人々」には、

「相応の内実がある」』。

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おバカや悪は勝負に拘り白黒を付けたがるが、健常な人は者・物・事の実体を探求したがる・・・。

『「おバカや悪たちが、勝負に拘り、白黒を付けたがる」のには「相応の理由が有る」。

「おバカや悪状態の人」の「実体」とは、

「自分の実体さえ???であるが故」の

「内在的かつ多大なストレスを持つ」、

「本当の自信が持てていない状態の人」だ』。

『「その結果」として、

「自分の実体に叛く、

おバカや悪の行動等」も

「起せてしまっている」』。

『「おバカや悪状態の人たち」は、

「往々にして」、

「意識上の自己正当化を強く欲する状態に陥り易い」』。

『「意識上の自己正当化」の「手段の一つ」が、

「勝負」であり、

「白黒を付ける事」だ』。

『「勝負して、勝ったり、

或いは、勝負に勝つ側と自分を同一視したりする事」により、

「自分を白側に置く事」で、

「意識上の自己正当化感を得ようとしている」が、

「もちろん、それは、代償欲求の追及行為でしか無い」』。

『「勝負に勝った、

或いは、勝った側に自分を置いた、

ホンの一時ダケ、

自己承認欲求が

代償欲求の追及により充足されたかの如く

勘違い出来る幻想感を得られるダケ」だ』。

『「その実態」は、

「物理的・社会的・人為的向精神薬によるトリップ状態」とでも、

「表現した方が適切な状態」に他ならない』。

『「もちろん、勝負等の手段」では、

「本来の自己正当化・・・つまり、自己承認欲求」が

「充足される訳も無い」ので、

「その手の代償欲求の追及」は、

「限りなく行われてしまい易い」』。

『「かつての人間世界では旺盛だった、

武力による支配権の比べっこ」も、

「集団的代償欲求の追及に他ならない」。

「現状では、それが、経済による比べっこに化けているダケ」だ』。

『「武器」とは、

「人が他人を殺す為の道具」として「つくられている」。

「現状の経済システム」とは、

「人が他の人を経済により支配する為の道具」として「つくられている」』。

『「どちらも、比べっこ勝負の為の道具としては、

非常に使い勝手が良い道具」だ。

「おバカ状態や悪状態の人々」には、

「良い道具やシステム等にさえ、

思えている」だろう』。

『「もちろん、武器も、現状の経済システム」も、

「人類にとって自虐的な道具に過ぎ無いのだが!」』

『「自虐的な道具に依存している状態」では、

「多くの人類が、自虐を強いられる」。

「そんな状態で、時を重ねる」なら、

「人類が滅亡しない方が不思議」だ』。

『「自虐的な道具を自虐的では無い道具に改良する事」こそが、

「今時の人類が、行うべき仕事」に他ならない』。

『「人殺しの道具では無い武器」や、

「他者を経済で支配する為の道具では無い経済システム」が

「激烈に、求められている」』。

『「基本が分かれば、対策も容易」だ。

「武器には、他の人を殺す前に、自分を守る目的が有る」。

「自分を守る他の人を殺さない武器」のみ

「その存在が許容される状態の人間社会にすれば良い」。

「経済には、人間社会を円滑に運営する道具としての機能も有る」。

「経済により、他の人を支配する事は出来ない」が、

「人間社会を円滑に運営する事には有益な経済システムにすれば良い」』。

『「例えば、

人類誰もが、産まれながらに、

一生の衣・食・住を保証するベーシック・インカムシステムを持つ経済システム」とすれば、

「経済による他者支配は、かなり困難になる」。

「逆に、現状の様に、金余りなのに、格差絶大で、貧困だらけ・・・、しかも、大金を持つ者たちは、極少数」という「状態」なら、

「経済による他者支配が、非常に容易になる」』。

『「大金を得る手段が問われていない現状」では、

「明らかに酷い実態が露呈させられ、その責任が追及されない限り、

大金さえ持ってしまえば、勝ち!みたいな状態」に

「なってしまっている」』。

『「それは、

爆買い等で訪日している中国人のお金の基は?等」を

「考えたりすれば、

誰もが実感を持って分かる事」だ』。

『「真面目な製品の製造や商売等」では、

「余程の事が無い限り、

儲けは少ないのが普通」だが、

「上辺や宣伝等で人を騙した安物高売り商売等」なら、

「大儲けも簡単」だ。

「しかも、安全等は、二の次、もしくは、無視等なら、尚更」だ。

「更に、

独裁体制下の

商売利権を縛ったり、与えたりする事による、賄賂等なら、

取り締まる側が受け取っている状態になる」から、

「その発覚さえ稀になる」』。

『「元々、強い他者支配欲動」とは、

「自分で自分を健康にコントロールし続ける事を怠っている、

おバカや悪状態の人々が持っている不健常な欲動」だ』。

『「情報・教育の正常化・健常化」により、

「人類の精神文化を科学レベル以上に正常進化させる」なら、

「おバカや悪状態の人々は、激減する」から、

「不健常な欲動に都合の良い武器や経済システム等」は、

「是正されるのが当然になる」』。

『「逆から言うと、おバカや悪状態の人々」が、

「上辺の利権等の為に、

おバカや悪状態を維持し続けたい」なら、

「人類の精神文化を進化させない」で、

「人殺しの武器や、人支配の為の経済システム等を維持する事が、合理的になる」』。

『「人類誰もの実体」は、

「既にバレバレ」だ。

「精神文化の正常進化に力を加えている健常者たち」と、

「精神文化の正常進化を阻害しているおバカや悪状態の者たち」に

「大別」されている』。

『「勝負好きのおバカや悪たち」でも、

「いい加減に気付くべき」だろう。

「人類が存続する」なら、

「勝ち組」は、

「精神文化の正常進化に力を加えている側」だ。

「負け組」とは、

「同様の新たな過ちを犯さない為にも、

近未来において、

永遠の恥辱に染まる道の上に置かれる者たち」だ』。

『「一時のヤク幻想や大枚等に拘って、

負け組を選択する事」は、

「本当に自虐的な事」に他ならない』。

『「言論」とは「本来、者・物・事の実体や真実等を探求する為の道具」だ。

「だから、基本的に、言論は自由で無ければならない」。

「ところが、おバカや悪状態の者たち」は、

「言論」も、

「勝負にしたがり、

他者支配の道具にしたがる」』。

『「上辺の優等生仮面・ジェントル仮面の裏」で、

「視聴者・読者等を支配・コントロールする事を目的としている醜悪な言論」が、

「特定極一部の者たちばかり・・・が主となって、

公共の電波上や、

公共的マスコミ上で、

一方的に大量配信され続けて来ている」のが、

「戦後日本のテレビ・ラジオ・マスコミ等の酷過ぎる実態」だ』。

『「上辺がどんなに優等生でも、ジェントルでも、

その内実が、下劣な情報による他者支配・コントロール」なら、

「そんな情報の配信者たちの実体」は、

「おバカや悪状態の者たち」に他ならない』。

『「内実が優秀な者」なら、

「他者支配・コントロール等の自虐的な事は行わず、

人類誰もの解放~自立に繋がる、

精神文化の正常進化を促す情報配信を行なう」のが、

「当たり前」だ』。

『「情報界等の正常化・健常化」は「急務」だ』。

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世界中で現状脱出欲動が溢れている・・・。

『「温暖化により、地球環境は明らかに変わって来ている」。

「現状の経済システムでは、金余りなのに、貧困だらけ・・・で、格差是正もままならない」。

「世界的不況となれば、大戦争でリセット」というのが、

「核兵器保有前の人間社会の常だった」。

「しかし、大量の核兵器が既に在る現状」では、

「大戦争=人類滅亡で勝者無し」だ。

「もはや、人類に、過去のリセット手段は使えない」』。

『「リセット手段が使えない状態」で、

「時の経過と共」に、

「人々の不満・不安・現状脱出欲動はどんどん増大している」。

「それが現状」だ』。

『「人類の大きな転換期、

或いは、

転換しなければならない時、

或いは、

転換しなければ人類が滅亡してしまう時が

来ている事」を

「実感している方々も多い筈」だ』。

『「上辺」の「転換を求める行動」は、

「既に、世界中で始まっている」』。

『例えば、

「米国大統領選」では、

「既存勢力では無いトランプ氏が共和党の候補者としてほぼ確定」し

「民主党側では、現状勢力派のクリントン氏で決まりそうだが、

最後の最後まで、現状勢力派では無いサンダース氏に猛追されている」』。

『「米国で、親イスラム国の者」が、

「50人もの人々を銃で殺害したホームグローンテロ」まで「起こってしまった」』。

『「日本でも、民主党政権への政権交代が有った」が、

「こちらは、民主党等の政権が利した国や人脈」が

「日本国や多くの日本国民の人脈と違う事が直ぐに露呈した」から、

「早々に、

日本国や多くの日本国民を利す度等が未だマシな

元の勢力への政権交代が起きた」』。

『「しかし、未だに、舛添都知事のセコイ合法・不適切問題をダシ」に、

「現状を変えようとしている(どう変えようとしているのか?こそが、重大な問題だが、其処は、黙殺で、ひたすら、現状脱出欲動を暴発させる/させている事により・・・)者たち」も

「決して、少なく無い」』。

『「・・・・・・・・」。

・・・等々、等々』。

『「もちろん、そんな上辺の変化」では、

「現状の本質は何も変わらない」から、

「人々の現状脱出欲動自体が解消される訳も無い」』。

『「その結果、

現状故に恵まれている人々の多く」は

「解消されない現状脱出欲動を誤魔化す為」に、

「金権過剰防衛や現実逃避等に奔走している」』。

『「逆から見れば、代償欲求に基づいた現状脱出欲動の追及の目的」が、

「それを試みている者たち」が、

「金権過剰防衛等を可能にする為だったりしている実態」が「露呈している」』。

『「その裏」では、

「もっと、もっと、多くの人々」が、

「困窮状態に追いやられ、

益々、現状脱出欲動を益々強大化させている」。

「戦争によるリセットが行えない状態」で、

「この状態がどこまで持つのか?」は、

「想像に難く無い」』。

『「元々の戦争によるリセットの前」には、

「支配地域の増大≒侵略~搾取等による誤魔化しが付いていた」。

「先の大戦の教訓と、

核兵器の保持等により、

多くの国々が同じ道を歩まない事の合意をしている」が、

「未だに、支配地域の増大に奔走している国も在る」』。

『「軍備を増大・強化しながら、

工作活動で、

支配地域を広げようとし続けている」のが、

「中国共産党支配下の中国」だ。

「核・ミサイル開発に熱心な裏」で

「日・韓等の乗っ取り支配工作を行い続けている」のが

「北朝鮮」だ』。

『「どちらも、独裁政権国家」であり、

「その目的」は、

「現体制・現政権維持」と

「国家・一般国民の為では無く、特定極一部の者たちの超大利権を維持する為」だ』。

『「当然、独裁政権国家の利権格差」は、

「かなりのモノとなっている」。

「しかし、かなりの利権格差に対する国民等の不満を押さえ込む為」の

「徹底した監視・密告社会化」や、

「有益分子の育成&不適応分子の粛清等のシステム」も

「内在させている」』。

『「独裁政権の権力者たち」は、

「自分たちの超大利権を維持する為に、それなりに、知恵を使い、努力もしている」。

「もちろん、大元の目的が大間違いだから、そんな事に知恵を使ったり、努力したりしている暇が有る」なら、

「本質的に、自虐的や他虐的にならない事に、知恵を使い、努力すれば良い」のだが』。

『「独裁政権国家の国際版」が、

「不当進出や、他国乗っ取り支配工作等々の実体」だ。

「その目的は、

実質的には、身勝手な殺人の権利までを含む、

体制・政権の超大な利権の維持」に他ならない』。

『「非人道的政権」とは、

「全人類の敵」に他ならない。

「悪魔に魂を売り渡した者たちのみ」が、

「非人道的政権の超大利権を貪る事が出来てしまう」。

「そして、非人道的政権の犬たちもまた、

悪魔に魂を売り渡しているからこそ、

犬になれている」』。

『「人類、何処の誰にとっても、

自分の実体に叛かず、

悪魔に魂を売り渡さない事」は、

「自己責任による選択」だ。

「そして、その選択相応の結果」が「近未来で待っている」』。

『「こんな事態の問題を解決する為には、どうしたら良いのか?」

「実は、その解答は、意外と、簡単」だ』。

『「元々が、代償欲求の過剰追及を多くの人々が認めてしまっているが故の悪現象」なのだから、

「ほとんど全ての人類」が、

「自分の実体や本来欲求等々を理解・把握」し、

「自分の実体やその本来の目的に叛かない様に、自分で自分を健康にコントロールし続ける様になれば、

現状のほとんどの問題は、解消される事になる」』。

『「急速な進化~発展を実現出来た物質文明と同様の進化」が、

「精神文化でも求められている」のだ』。

『「そして、その進化の為に必要な事」は、

「精神文化面での情報・教育等の科学レベル化」に他ならない。

「情報・教育が正常化・健常化された後」なら、

「個人個人の精神文化の正常進化」は、

「個人個人の自己責任でもある」』。

(続きは、後ほど)

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「反対デモ」や「不満デモ」とは、おバカや悪がやる事でしょ!・・・。

『「普通の頭のある善良市民等」なら「反対!」や「不満!」では無く、「こうやればより良くなるゾ~!」等の「具体的かつ、前向きな者・物・事等を訴える事が出来るモノ」です』。

『「当然、偏向・偏重論等」では、「直ぐにボロがバレる」ので、「支持が得られ無くなりますが」』。

『「逆から言えば、偏向・偏重論等」なのに、

「ボロを隠す為」なら、

「反対!」や「不満!」が「好都合になる」のです』。

『「デモ」を、

「見る、信じる、行う、前」に、

「忘れるべきでは無い、基礎知識」です』。

『「政党や政策でも同じ事」です』。

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優先席問題って意思表示(体現も含む)の問題でしょ・・・。

『「優先席とは、あくまでも、優先」であり、「特定の者たちの権利を無条件に保証・担保等したモノでは断じて無い」。

「優先権を得る為」には「意思表示(暗黙も含む)が必要な事」は「今更、言うまでも無い」』。

『「例えば、座席使用が必需である旨等を体現している方々の場合(もちろん、悪意等に基づく演技等を除く)」は、

「その方々が権利主張等をする前」に「席を譲るのが当然」だ』。

『「しかし、傍目に見て、判断に迷う様な場合」には、

「必要としている方が、その意思を示す事が重要」になる』。

『「傍目から見て判断に迷う状態」なのに、

「意思提示無き暗黙の優先等」を「望む」のは、

「他人より自分を上に置いている状態に他ならない」』。

『「多くの人々が、優先くらい使い訳られない様」では、

「強制が当たり前になってしまう」』。

『「弱者利権等オールマイティ化」とは、

「弱者基準の人間社会=弱体化人間社会への特急券」に他ならない』。

『「弱者でも、ほとんどの場合」は「意思表示が可能」だ。

「出来る事を認める社会こそが、健常」になる』。

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ゾンビ・アニメ等問題・・・。

『「作者亡き後も、作者が創ったキャラクターやスジパターン等を利用して、次々と、新たな作品が生み出されているアニメ等が在る」。

「まるで、ゾンビの様」だ。

「サザエさん」も「ドラえもん」も「クレヨンしんちゃん」も「アンパンマン」等々も、

「今は、皆、ゾンビ・アニメ状態」だ。

「そして、ゾンビ・アニメ商売」は「結構、稼げている場合が多い」。

「大衆に受け入れられる新たな原作者や作品等を見つけ出す仕事」は、

「かなり大変」だが、

「既に、大衆に受け入れられたモノの延長線の商売」は、

「結構、安直に出来てしまう」』。

『「もちろん、筆者は、ゾンビ・アニメ等は、基本的に見ない」が、

「親子世代等のどちらもが、知っている事ともなる、ゾンビ化の毒メリット」に

「毒されてしまっている人々も、決して少なく無い様」だ』。

『「作者亡き後も、一人歩きさせられているキャラやスジパターン等」が、

「原作者の知り得ないところで勝手に変更されている」なら、

「原作者を冒涜している事になる」から、「当然」だが、

「基本的に、

ゾンビ・アニメ」は、

「キャラも変わらず、

スジパターンも同様になっている場合がほとんど」だ。

「キャラもスジパターンも同様と言う事」は、

「基本的に、精神文化の進化無し状態」という事でもある。

「そんなモノを流行らせるより、

精神文化の正常進化を誘う、

新たな作品等を発掘し、

流行らせるべき時代」なのに・・・』。

『「もちろん、作者が亡くなる前」に

「作者の死後の契約」等として、

「キャラやスジパターン等の利用~発展等を望んでいる場合も皆無では無い」だろう。

「しかし、ゾンビ・アニメ等の多く」は、

「作者の死後、遺産相続人等、権利を相続した人たちとの合意の上」で、

「色々な商売が成されている」』。

『「一番悪質と感じる」のは、

「本来の重要な仕事である、

精神文化の正常進化への貢献等を疎かに、

安易な商売で稼ぎ続けようとしている者たち」だ。

「そして次は、ゾンビ・アニメ等を許容する、読者・視聴者等」だ。

「読者・視聴者等が、ゾンビ・アニメ等を許容する」なら、

「原作者が売り手にとって都合の悪い者・物・事等を描こうとしたら、

売り手等が原作者を粛清して、

その後、ゾンビ・アニメ等で稼ぐ事等まで、

出来る様になってしまう」。

「そんな悪事まで、知らず知らずの内に、許容してしまっている」のが、

「スパイ・工作活動等への実効のある対策が無い、戦後日本社会の中の、ゾンビ・アニメの許容」だ。

「更に、

原作の印税等だけでも、

結構な額が在ると強く推定出来る場合が多い、

権利相続者等も、

決して褒められた状態では無い場合が多い」。

「原作の印税等の上に、

ゾンビ・アニメ等に対するゴーサインで、

更なる金満状態を得ようとする・・・」等とは、

「如何なモノか?!」』

『「ゾンビ・アニメ等化され易い作品には、共通点が有る」。

「キャラも、基本のスジパターン等も、基本的に進化しない事」だ。

「時代劇同様、同じキャラが、同じパターンを繰り返す事等を売りと出来てしまっている作品」が、

「ゾンビ化され易い」。

「進化のあるタイプの作者の作品の場合」は、

「新たな技術でつくり直されたりする事で、繰り返し原作が伝えられる事等はあっても、

ゾンビ化され、一人歩きさせられる事は、極稀」だ。

「しかし、原作とほぼ同じスジ内容等の繰り返し」では、

「多数の消費者の心等は、掴み辛い様相」で、

「集客・集金商売としての実績」では、

「圧倒的にゾンビ・アニメの方が上になっている」のが、

「ゾンビ・アニメを許容している人々が多い人間社会のお寒い実状」だ』。

・・・・・・・。

『「当ブログの内容」には「実質的、悪者たちにとって、都合の悪い内容も多々含まれている」。

「悪どもは、筆者を粛清した後、都合の良い部分だけ、まるで、悪どもが生み出したかの如く風潮して悪用するつもりかも知れない」が、

「無駄」だ。

「何故なら、当ブログの多くの記事の基本鍵」は、

「実体や事実・現実の探求だから」だ。

「多くの人々が、既に、実体や事実・現実の探求無しでは、出て来る訳の無い実態を知っている」。

「もはや、上記の基本鍵は、多くの人々が保持し、使用している人々も少なからず居る状態」だ。

「どんなに悪どもが、

悪ども初発等を風潮しようとしても、

実体や事実・現実を探求する道の上で、

全てが露呈する事になる」。

「有益分子育成や不適応分子粛清工作等の愚かさが益々露呈」し、

「悪どもは、永遠の恥辱の上に置かれる事になる」。

「筆者にまで実効の高い実害が及ぶ様」なら、

「最終的には、

正常進化阻害に力を持たせた人間社会自体も裁かれ、

地球自体が消滅する事になる」』。

『「悪どもは、何時まで、劣悪な事を続けるつもりだろうか・・・」。

「基本的に無駄な事なのだが」・・・』。

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「人間マニュアル」の授業例・・・。

『「それでは、今日から、自分を健康にコントロールする為に必要な事を勉強して行きましょう」。

「先ず、最初」は、「人の意識は、丸ごと一人、人の実態は、細胞ごとの誕生・死」という「現実」から・・・。

「人間誰でも、意識的に考える時は、一人の人を一人の人として考えるでしょう」。

「しかし、生きている人間の実態は、細胞ごとに誕生・死を繰り返しながら存続しています」。

「細胞ごとに変化しながら生きているのですから、人は、常に、基本的には、不安定です」。

「この基本的不安定さを感じる事が出来る敏感な人は、不安を感じます」。

「もちろん、それは、病気ではありません」。

「そして、感じる事が出来ていない人でも、無意識レベルでは、この不安定を感じています」。

「さて、その様な不安定な状態に対して、人間はどの様な対処をしているでしょうか?」

「昔の人たちは、細胞ごとの誕生・死という実態が把握出来ていなかったので、意識が全てでした」。

「そこで、意識上の考え・思いで不安定を抑えようとしました」。

「例えば、生物の死の実体は、細胞ごとの現象ですが、昔の人たちは、死が細胞ごとの現象である事を知りませんでしたから、意識上の丸ごと一人の思いのまま死の問題を理解・把握しようとしました」。

「皆さんも良く知っていますよね」。

「魂や霊を考え、魂や霊の行き先まで考えていました」。

「しかし、そう考え・思い・信じたところで、元の不安定が解消される訳もありません」。

「実際の死は、細胞ごとの現象なのですから、丸ごと一人として死を捉えようとしても、捉えられないのです」。

「かなり、色々な考え・思い上の工夫をして、宗教までつくりましたが、実際は、何時まで経っても、死の不安は残りました」。

「今の人たちは、死が細胞ごとの現象である事を知っています」。

「細胞ごとに、今、この瞬間にも、誰もが死を体験しているのですから、死を気にしても仕方ありませんね」。

「気にするべきは、どうやって健康に生きるか?などでしょう」。

「死が細胞ごとの現象である事を理解・把握すると、死の不安が無くなります」。

「事実・現実と共にある状態に自分を導けた事で、不安の一つが解消出来た訳です」』。

『「自分の中から沸き起こって来ている、

細胞ごとの常々の変化に由来する不安定さに対して、

人は誰でも、今の自分の状態で良いのか?否か?を確認したくなります」。

「もちろん、それは、基本的には細胞レベルの欲求です」が、

「人の意識は、丸ごと一人で考え・思いたがります」から、

「細胞レベルの自分の状態確認欲求(自己確認欲求とか、自己承認欲求とか、表現しても良いでしょう。)を、丸ごと一人化している場合が多いのです」。

「丸ごと一人化した、自己確認欲求等の例は、皆さん、良くご存知ですよね」。

「例えば、他の人に自分を認めてもらう事で、自己確認を行おうとします」。

「少し、工夫して、大量のお金や権力等を持つ事で、他の人に自分を認めてもらう事で、自己確認等を行おうとしている場合もあります」。

「仕事や競技やプレーなどで、他の人に自分を認めてもらう事で、自己確認等を行おうとしている事もあります」。

「ここで、大切な事は、それらの丸ごと一人化した自己確認では、本来の自己確認等は出来ない事を忘れない事です」。

「何故なら、本来の自己確認等とは、細胞レベルの欲求だからです」。

「細胞ごとの誕生・死が健常に行えているか?否か?が問われ、健常に行われている事を実感出来れば、本来の自己確認等の欲求は充足されます」。

「だから、良い空気の中で呼吸したり(別に深呼吸で無くても良いのです。)、バランスの良い食事をしたり、適度に身体を動かしたり、適度に頭を使ったり、・・・する事で、

健常状態の感を得ると、

細胞ごとの自己確認等の欲求は、事実・現実と共にある状態となり、落ち着ける(自己確認欲求等が充足状態になる)のです」。

「丸ごと一人化された自己確認等の行いは、代償欲求の追及行為です」。

「代償欲求は、本来の欲求とは、違いますから、決して、充足される事がありません」。

「決して充足されないので、より強い充足感が欲しくなり、より強い自己確認等を求め易くなります」。

「どんなに有名になっても、どんなにお金持ちになっても、どんなに大権を持っても、

本来欲求の充足はありませんから、

もっと!もっと!!・・・等とより大きな代償欲求を追い求め易くなってしまいます」。

「もちろん、そんな状態は、健康ではありません」。

「人間にとって、大切な事は、

本来欲求の充足を忘れず、代償欲求の追及は、遊び程度に、程々にする事です」。

「他人に自分を認めさせる欲求が肥大化すれば、支配権争いになります」。

「健康では無い状態の人々が沢山いる人間社会では、人間社会も不健康になるのは当然ですよね」。

「正に、自然の摂理です」。

「昔の人たちは、丸ごと一人化したがる意識だけで考えていた状態でしたから、

自然の摂理も丸ごと一人化して、神と表現したのでしょう」。

「自然の摂理に叛く事は、神の意思に叛く事と、表現したのでしょう」。

「考え・思いによる納得法として、宗教が生まれ、自然の摂理を神と表現したと理解しながら、聖書や仏教法典等を読むと、

悪戯に宗教に毒されずに、

今の人類として、歴史書物を客観的に読む事が出来ます」。

「興味のある人は、そうやって、歴史的書物を読んでみると面白いと思います」。

「不健康な人間社会で、支配権争いが過激になれば、戦争まで起きます」。

「武力による支配権争いは止めて、経済による支配権争いを行っている状態なのが、現状の人間世界の基本状態です」。

「武力による支配権争いを止めても、環境問題は酷くなる一方ですよね」。

「大切な事は、代償欲求に過ぎない支配権争いは、遊び程度に程々に抑える様にする事です」。

「人間誰でも、常々変化しながら生きているのですから、不安なのは当たり前なのです」。

「不安に負けて、代償欲求を過剰に追及し、環境破壊まで行い、自滅するのが、人類の役割ではありません」。

「自分の実体をちゃんと理解・把握して、本来欲求の充足を忘れず、代償欲求の追及は、遊び程度に程々に抑えながら、

地球の生物群の存続~永続への貢献をするのが、人類としての本来の仕事です」。

「地球も永遠ではありませんから、地球無き後も、地球の生物群が存続~永続して行く為には、宇宙開発もかかせません」。

「宇宙開発出来るくらいの科学・技術力を持つなら、それにふさわしい精神文化も保持しなければなりません」。

「物質文明も、精神文化も、正常進化させていく事が、人類としての本来の仕事です」』。

『「善悪観について、勉強してみましょう」。

「昔の人々は、丸ごと一人で考えていましたから、善悪観も、丸ごと一人ごとでした」。

「丸ごと一人の善人と丸ごと一人の悪人という基本構造の上で、罪を問い、裁き、罰を与えていたのです」。

「勧善懲悪モノの時代劇等を見れば、悪人は、丸ごと一人殺害する事も善行と描かれている場合が多い事に気付くでしょう」。

「もちろん、現実の善悪も、細胞レベルの感が元ですから、丸ごと一人の善悪観では現実離れしてしまいます」。

「昔の人々も、丸ごと一人の善悪観は、何となく本当と違うと感じていたのでしょう」。

「その様な感に導かれたのでしょうが、例えば、鼠小僧みたいな物語もつくりだしていますよね」。

「本当の善とは、何処にあるのでしょう?等を自問自答しながら探求したかったのかも知れませんね」。

「それでは、善悪観とは、何でしょうか?」

「細胞ごとの働きを考えると分かると思います」。

「生きている人は誰でも、健康な細胞や、死んだ細胞や、ガン細胞等の異常細胞や、有益・有害微生物や有益・有害異物等と、共に、存続しています」。

「健康な状態を保ちつつ、存続し、地球の生命群の存続~永続に貢献する事が、人類本来の役割ですから、

その役割から整合性を取れば、

健康な細胞や有益微生物・有益異物等がもたらしている刺激・感覚等が、善となります」。

「死んだ細胞やガン細胞等の異常細胞や有害微生物や有害異物等は、健康な人体から排除されるべき悪の刺激・感覚等をもたらしています」。

「人類の本来の目的は、地球の生物群の健康を維持しながら、その存続~永続を可能にして行く事であり、

その中には、自分の健康維持も入ります」。

「自分の健康維持の為に必要な事は、自分の中の悪を健常に排除して行く事です」。

「自分の感じている悪の感を、丸ごと一人化して、自分を含む他の者・物・事に投影・転嫁し、人間社会内で、駆逐する事ではありません」。

「自分の感じている善の感を、丸ごと一人化して、自分を含む他の者・物・事に投影・転嫁して、人間社会内で善を追い求める事でもありません」。

「むしろ、丸ごと一人化する悪行を止める事で、殺人もテロも戦争も無くす事こそが、本当の善行です」。

「丸ごと一人化した善悪観を、天動説の善悪観、細胞レベルの実態に沿った善悪観を、地動説の善悪観と、表現しても良いかも知れません」。

「現状の人間社会では、巷に、天動説の善悪観に基づいたドラマや映画や小説やアニメやゲームや音楽等々が溢れていますよね」。

「こんな状態では、世界平和は、夢のまた夢でしょうが、

地動説の善悪観に基づいたドラマや映画や小説やアニメやゲームや音楽等々が主流となる様な人間社会に進化させれば、

世界平和が当たり前になる筈です」。

「今の人類には、人類の精神文化を正常進化させる重大な役割が有るのです」』。

(一端、保留。続きは、また、書ける時に、記します。内容としては、過去の記事にもある程度は記してありますから、興味がお有りの方は、とりあえずは、そちらをどうぞ・・・。)

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天動説の人間たちと地動説の人間たち・・・。

『「天動説レベルの人生観」では「成功とは、ある人が、大金持ちや、大権持ちや、大有名人や、大資産持ちや、大家族持ち等々になる事」だ。

「そして、大量消費自慰生活が出来る事」だったりしている。

「もちろん、そんな事を成功としている人間社会」には、

「殺人も、テロも、戦争も、・・・付きモノ」だ。

「地動説レベルの人生観」では、

「成功とは、誰もが、狭義の自分を健康にコントロールし続ける事が出来る様にする事で、

広義の自分の本来の目的であるその存続~永続を可能にして行く事」だ。

「この成功には、

殺欲動は在っても、殺人も、テロも、戦争も無い、

世界平和が当たり前の人間社会が付いている」』。

『「天動説レベルの死生観」では、

「人の死は、丸ごと一人単位で、魂や霊や死後の世界が在る」から、

「死後どうなるのか?」も「大問題」だ。

「地動説レベルの死生観」では、

「人の死も細胞ごとの現象で、生きている人類誰もが、今、この瞬間にも、誕生・死を繰り返しながら存続している」のだから、

「細胞ごとの死後や魂等を考えている暇があるなら、今、どうやって生きている細胞を活かすか?どう生きるか?等」が

「問題」となる』。

『「天動説レベルの人間社会」では、

「丸ごと一人の有名人やお金持ちや大権持ちが蔓延り、

多くのそうなれない人々が、そんな者たちに、自分を投影・転嫁し同一視したりして、

自分を誤魔化して生きている」。

「丸ごと一人レベルで、

優等生や劣等性、

善人と悪人等々に分けられ、

丸ごと一人の優等生や善人である事が強いられ、

丸ごと一人の劣等性や悪人となると、往々にして、虐げられる」。

「地動説レベルの人間社会」では、

「善悪とは、人類誰もが持つ、細胞レベルの感に他ならず、

健康な細胞も、

死んだ細胞も、ガン細胞等の異常細胞も、有益/有害微生物や異物も、

保持しながら生きてる」から、

「その感を丸ごと一人化して外に投影転嫁する悪事を行わない様に、

健康に自分をコントロールし続ける事」が「望まれる」。

「自分で自分を健康に支配する支配欲の本来欲求が充足される事で、

必然的に、他人を支配したり、

他人に自分を支配させたりする、

代償欲求は、

遊び程度に抑えられる」。

「誰もが、その人なりに、健康である事で、

丸ごと一人の

優等生も

劣等性も

善人も

悪人も

いないが、

健康な人間が溢れる状態になる」』。

『「天動説の人間たち」は「自己把握が不十分」だから、

「自分で、自己承認欲求の本来欲求を満たす事が出来ない」。

「他の者・物・事に自分を認めさせる代償欲求を満たそうと奔走し易くなる」。

「仕事でも、付き合いでも、組織・集団内でも、他の者・物・事に自分を認めさせる事に主軸を置いた行動をとり易い」。

「代償欲求追及上では、認める側がより大きければ、その分だけ、より大きく認められた幻想に浸れる」から、

「天動説の人間たち」は、「大きな者・物・事が大好きな場合が多い」。

「地動説の人間たち」は、「自分の実体把握もそれなりに出来ている」から、

「自己承認欲求を自分で満たす事が出来易い」。

「他の者・物・事への依存や、他の者・物・事を利用した代償欲求の追及等」を、

「遊び程度に抑える事も容易」だ。

「大きな者・物・事の必要性も薄くなる」』。

『「人類の歴史」から「学ぶ」なら、「明らか」だ。

「例えば、古の時代は、独裁的立場に有る大権力者をつくり、その墓も大規模」だ。

「それらの集団は、より大きな権力・支配地域等を求めて、集団同士、戦争まで繰り返して来た」。

「そして、その勝者がより大きな権力や支配地域等を得た」が、

「この武力による支配力の比べっこ」には、「終わりが無かった」。

「先の大戦時には、武力物質文明が、科学レベルで判明している実体や事実・現実を実用して、原爆までつくり出した」が、

「精神文化面では、未だに、天動説レベルだったので、実戦使用してしまった」。

「現在の先進国」では、

「大権集中の独裁政治等は非難され、民主主義が当たり前の様に叫ばれている」。

「其処には、確実に、精神文化の進化はある」が

「精神文化の進化に対する明らかな意識(大衆認知)が無い」ので、

「天動説状態と地動説状態が入り混じった状態の人々が多い」。

「超大規模な墓は建てられなくなり、大仰な墓も減り、墓を必要としない人々も増えている」。

「今の人類が行うべき事」は「精神文化の進化をちゃんと意識化する事」だ。

「そして、天動説状態の者・物・事を出来るだけ速やかに地動説状態に進化させる事」だ。

「人類が、殺人やテロや戦争を不要とし、二度と、核兵器等を実使用しない為」にも、

「行うべき事」は、

「既にはっきりしている」』。

『「天動説の人間たち」は

「一個体で考え・思いたがる意識そのままに、

一個体の神や、擬人化した神を信じ、依存したがる場合が多い」。

「地動説の人間たち」は

「実体や事実・現実を探求し、

一個体の神や擬人化した神を必要としない」。

「そして、例えば、自然の摂理に神を感じたりする」。

「一個体の神や、擬人化した神は、その神を信じない異教徒も生む」が、

「自然の摂理には、異教徒は無い」。

「自然の摂理を否定したり、叛いたりすれば、

何処の誰でも、何教の信者でも、

漏れなく、現実離れが付いて来る」。

「自分の実体に叛いた生き方を追及する人々が多ければ、争いも、環境破壊も、当然の如く生じる」。

「それが自然の摂理であり、

其処を、まるで、神の意思の様だ・・・等と感じる

地動説の人間たちも、少なく無い」。

「どんなに、一個体の神や擬人化した神等(偽りの神と表現しても良いかも知れない)に、

祈り、願っても、

争いや環境破壊は止まらない」が、

「全ての人類の精神文化の進化を物質文明の進化より先にする」なら、

「争いも環境破壊も止まる」。

「それも、自然の摂理(神の意思)」だ』。

『「天動説の人間たち」は、

「先ず、自分の精神文化を地動説レベル以上に進化させる事で、自分で自分を救う救世主になるべき」だろう。

「人類誰もが、自分で自分の精神文化を地動説レベル以上に進化させる事が出来る救世主となれた」なら、

「殺人やテロや戦争や環境破壊等々も止められ、世界平和が当たり前になる」。

「それも、自然の摂理(神の意思と表現しても良いかも知れない)」だ』。

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「宗教レベルの善悪論」と「科学レベルの善悪論」・・・。

『「宗教は、実質的に、人の意識上の考え・思いによる納得によりつくられている」。

「そして、人の意識」は、「基本的に、人間を、丸ごと、一人の人」として「捉えている」。

「善悪等の感」も、

「丸ごと一人単位で、考え・思い、納得したがる」のが、

「人間の意識」だ。

「古からの人類の精神文化」は、

「基本的に、この丸ごと一人単位で、つくられ、実用されて来ている」。

「死生観も丸ごと一人単位、善悪も、丸ごと一人単位が基本」だ。

「丸ごと一人の悪人(数は様々で、複数や集団の場合もある)」

「丸ごと一人の善人(こちらも、もちろん、数は様々で、複数や集団の場合もある)」の

「構図の下で、人間社会の運営も行われて来た」。

「しかし、もちろん、それは、現実離れした把握・認識に他ならない」。

「矛盾や矛盾感が至るところで噴出」し、

「それを誤魔化し納得する為」に、

「例えば、死生観では、魂や霊やあの世等の概念が、つくり出され、利用されて来た」。

「善悪の場合」は、

「直接悪事を行った者だけに責任を追及するのでは無く、

家族や仲間や民族や国民等々全体の責任を追及し、

善側も、家族や仲間や民族や国民等々全体で正義を気取る、

魂や霊やあの世等の概念の様な事態が、つくり出され、利用されて来た」』。

『「この精神文化の上」には、

「丸ごと一人の悪人を、全て、駆逐すれば、残った者たちは、全て善人となる」と、

「考え・思い・信じたがる道が在る」。

「ところが、もちろん、実際は、そんな事態は起こり得ない」。

「何故なら、善悪の基は、細胞レベルの現象に基づいた感覚だから」だ』。

『「生きている人類誰もが、善の基も、悪の基も、今、この瞬間にも、保有しながら存続している」。

「悪の基」とは、

「死んだ細胞を感じる感じであり、

ガン細胞等の異常細胞や有害微生物等や有害異物等がもたらす感じ」だ。

「善の基」とは、

「健康な細胞の感じであり、

悪の基を片付ける時の感じ」だ。

「人類誰もが、細胞レベルの善悪を常に保有しながら生きている」』。

『「細胞レベルの悪を全て駆逐してしまえば、免疫等が、ロクに鍛えられない状態になる」。

「細胞レベルの善悪問題の帰着点」は「健康か?否か?」だ。

「健康が保てる様に、常に、善が悪に勝ち続けている事が重要」なのだ』。

『「それでは、

科学レベルの精神文化上に在る、

一人の人間や人間社会の善悪は?」

「一番の肝」は、

「細胞レベルの善悪等の感」を

「悪戯に丸ごと一人加工して、自分も含む者・物・事等に投影・転嫁しない事」だ。

「例えば、細胞レベルの殺欲動は、存続の為にも必要な本能欲動」だが、

「殺欲動を意識野(無意識下にしても、意識上にしても)で丸ごと一人加工し、

人(自分も含む)に投影・転嫁すれば、

殺人や自殺を誘う代償欲求に化けてしまう」。

「この丸ごと一人化加工&投影・転嫁」こそが「本当の悪事」に他ならない。

「一人の人として」は、

「丸ごと一人化加工&投影・転嫁を強いない・強く誘わない精神文化を持つ事」が

「人間社会として」も、

「丸ごと一人化加工&投影・転嫁を強いない・強く誘わない人間社会」が、

「健康な状態」に他ならない』。

『「免疫の事からも分かる様に、悪事を全て封印してしまうと、悪事への対応力も失われて行ってしまう」から、

「重要な事は、丸ごと一人化加工&投影・転嫁等の本質的悪事」は、

「常に、遊び程度に抑え、健康を保つ事」だ。

「自分で自分を健康にコントロールし続ける上」で

「健康な人間社会を構築する上」で

「非常に大切なポイント」である』。

『「宗教レベルの善悪の世界」では

「善人と悪人の対立があり、

善人が勝つ事が良いとされている」。

「科学レベルの善悪の世界」では、

「善悪とは、全ての人が持つ細胞レベルの感覚」であり、

「細胞レベルの感覚を丸ごと一人化加工して外界に投影・転嫁し実用する事」が

「悪事」になる。

「悪事は遊び程度に抑え、

健康を害さない様に、

自分で自分を健康にコントロールし続ける事」が「大切」になる』。

『「善人、悪人問題だけでは無い」。

「丸ごと一人の有名人や大金持ちや大権持ち等を創り出し、

投影・転嫁・同一視等の心理作用を利用して、

支配/被支配の構造下で生きる事」も、

「大きく健康を害する悪事」に他ならない。

「何故なら、其処に在る」のは、

「自分で自分を健康にコントロールし続けている人間たちでは無く、

他の者・物・事を支配したり、

他の者・物・事に自分を支配させたりする悪事」を、

「遊びレベルでは無く、

本気で行ってしまっている、

悪魔に魂を売り渡した者たち」だからだ。

「悪魔に魂を売り渡した者が蔓延る現状人間社会」では、

「殺傷事件も、テロも、戦争も、未だに、旺盛」だ。

「自然の摂理(神と表現しても良いかも知れない)が導く、当然の現象」だが』。

『「全ての人類の精神文化」を

「宗教レベルから科学レベルに正常進化させる事」で、

「人類誰もが、

自分の救世主になれば、

悪魔に売り渡した魂を取り戻す事も可能になる」。

「この自らの魂を悪魔から取り戻す

狭義の自分に対する実務が行えるのは、

狭義の自分だけ」だ。

「外界に救世主等を求めてはいけない」。

「人類誰もが、自分で自分を救う、救世主になれるのだから、なるべき」だ』。

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COP21も結構だが・・・。

『「所謂先進国とは、人類の物質文明の進化で、先んじて来ている国々」だ。「所謂開発途上国とは、所謂先進国が進化させた物質文明を後追いで利用して来ている国々」だ。

「そして、どちらの国々でも、多くの人々」が、
「その精神文化は、未だ、天動説レベルだったりしている」。

「ほとんど全ての人類の精神文化」が、

「地動説レベル以上になれば、

人類が抱えている多くの問題は解決可能になる」のだから、

「本気で、地球環境問題や、テロ対策等を話し合うつもり」なら、

「精神文化をどうやって正常進化させるのか?」を「話し合うべき」だ。

「果たして、COP21」では、

「どんな話し合いが行われているのか??」』

『「精神文化の正常進化」は「簡単な事」だ。

「物質文明の進化同様、科学レベルで判明している実体や事実・現実を、

精神文化面でも実用すれば良いダケ」だ。

「例えて言うなら、精神文化面での認識を天動説レベルから地動説レベルに変えれば良いダケ」だ。

「現状の人間社会では、多くの人々が、物質面では、地動説レベルの認識を持てている」。

「何故か?」

「物質面では、地動説レベル(科学レベル)で判明している実体や事実・現実を実用する事で、

より良い製品等が生み出せるから」だ。

「物質面では、地動説レベルの認識を保持出来る様に、情報が配信され、教育が行われているから」だ。

「精神文化面ではどうか?」

「とんでもない程の遅れぶり」だ。

「例えば、未だに、宗教や宗教信者である事の実体さえロクに理解・把握出来ていない人々が溢れている」』。

『「古の時代の人類は、科学レベルでの実体や事実・現実把握手段が希薄だった」。

「必然的に、人の意識上の考え・思いレベルで、数多くの者・物・事に対し、納得心を抱ける様にするしか無かった」。

「例えば、死の問題は、誰にでも訪れる重大な事」だ。

「人の意識上の考え・思いレベルで死の問題を納得出来る様に処理すれば、どうなるのか?」は、

「古からの幾多の実例を見れば、明らか」だ。

「古の人々は、死とは、一個体ごとの現象と考え・思っていた」。

「もちろん、現実の死とは、細胞ごとの現象」だ。

「今、この瞬間にも、生きている人類は誰もが、細胞ごとの死を体験していると共に、細胞ごとの誕生も体験しながら、生き続けている」のが、

「現実」だ。

「しかし、古の時代の人々は、この現実が判っていなかった」。

「死は、一個体の現象と捉えていたと共に、

強い考え・思い等を魂と捉え、

一個体の肉体が死んでも、魂は、残り、霊界や天国や地獄等に行く等々」と、

「考え・思い、納得した」。

「実際は、

それは{天動説の死生観}なのだが、

{地動説の死生観}を生み出せる分の実体や事実・現実把握が無かった時代」では、

{天動説の死生観}が、当然になって、当然」だった』。

『「しかし、今は、もう、情報・教育がちゃんと進化させられているなら、

{地動説の死生観}を誰もが持てている時代」だ。

「既に、死の実体や事実・現実把握は、科学レベルで出来て来ているのだから!」』

『「実体として」は、

「宗教」とは、

「考え・思いによる納得法」であり、

「信者である事」とは、

「その宗教の考え・思いに自分を支配・コントロールさせる事」だ。

「その宗教の考え・思いを生み出しているのが、

教組や教団幹部等なら、

それらの者に、信者は、自分を支配・コントロールさせている事になる」。

「自分で自分を健康にコントロールし続けているのでは無く!」』

『「今時の感覚や認識なら、神とは、自然の摂理」だろう。

「しかし、{天動説の死生観}の時代とは、神の擬人化も当然の時代でもある」。

「何しろ、基準が、一個体=人類なら一人なのだから!」

「古の時代、

多くの場合、まるで、一人の人の様な、

一個体の神が、

至るところで、

人々の考え・思いによる納得上で、

創造された」のは

「当然の現象」になる』。

『「永遠の命という概念が一個体に求められた」のも、

「同様に、当然の現象」だ。

「今、既に、科学レベルで判明している現実から、それらを整理する」と、

「神=自然の摂理」であり、

「永遠の命=広義の自分の実体である地球の生物全体としての永続」になる。

「神に叛く」とは「自然の摂理に叛く事」であり、

「特定極一部の神とされた人の意向に沿う事も、神に叛いている事になる」。

「聖書には、終末の時、偽りの神を語る者たちが、多数出る等の旨も記されている」が、

「多くの人々が、自然の摂理を神と認識出来ず、一個体の神を求めていた時代」に、

「擬人化された神を語っている者たちの事を見て、

こんな状態では最終的には・・・と予見し、

終末の頃までには、人類が、本当の神を悟る事を願っていたのかも知れない」。

「永遠に至る」とは、

「狭義の自分の永続性と解釈するなら、非現実的で、無理だらけ・・・」だが、

「広義の自分の実体を理解・把握すると共に、

広義の自分の実体の永続性を生み出し続けて行く事なら、

神=自然の摂理に叛かない現実と成り得る」。

「賢い人は、悟る」とは、

「{天動説の神}に、いくら祈っていても、何も、悟れない」だろうが、

「実体や事実・現実に基づいた情報・教育に恵まれ、かつ、それを理解・把握する人たち」が、

「悟る」なら「現実」だ』。

『「ほとんど全ての人類の精神文化が正常進化する」なら、

「精神文化活動である経済も、政治も、皆、地動説レベルにまで進化する事になる」。

「成功者像も変わり、

自分で自分を健康にコントロールし続ける代わりに、他の者・物・事を支配出来る立場等を得る事や、

まるで、ガン細胞の様な大量消費自慰生物的者を成功者とする愚か者も激減する筈」だ。

「殺欲動は誰もが保持している」が「殺欲動を殺人欲動に化けさせている」のも、

「人の意識上の考え・思いで一個体ベースで処理したがる天動説の精神文化」だ。

「全ての人類の精神文化が地動説レベルとなれば、

細胞レベルの欲動を一個体レベルで悪戯に外界に反映させない様に、

自分で自分を健康にコントロールし続ける事も当たり前となる」。

「細胞レベルの殺欲動は、誰もが保持しているが、

それを一個体ベースで人に被せる不健康な事は行わないのが当然となり、

殺人・自殺も戦争も要らなくなる」』。

『「各国選りすぐりの首脳たち」なら、

「上記の様な基本中の基本は、十二分にご存知」だろう。

「環境問題を解決し、世界平和を実現する為」にも、

「全世界的に、精神文化を正常進化させる事の合意が生まれると良いのだが」。

「そして、情報・教育の正常進化の大きな流れが生まれれば良いのだが」』。

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