「要でもない本」が、書かれたり、売れたりしている・・・。

『「ある本屋で、新書等の売れ筋ランキングを見てみてビックリ」した。「実質的に、愚民化、或いは、悪工作正当化等のロジックが仕込まれている、

有名人や学者等が書いた本ばかり・・・だった」からだ』。

『「今時なのに、丸ごと一人の死生観」とは、

「実質的に、小中学校の理科や生物等の内容」が、

「覚えられていても、理解・把握出来ていない状態」に他ならない。

「人間も含む全ての生物の誕生・死は細胞ごと」が「現実」だ。

「基本的な部分で、現実把握が不十分だとその後の論理も否現実的になり易い」のだ』。

『例えば、「成熟」という話しがある。

「著名人(?)作者によれば、悪も認める事は成熟なのだそうだが、それは、細胞ごとをの理解・把握が不十分であるが故の感」なのだ。

「人間の誕生・死が細胞ごとである事を十分に理解・把握をしている」なら、

「人体内が、生きている細胞、死んだ細胞等々で満たさせている事にも思いが至って当然」で、

「色々な細胞の集合体が人体である事に思いが至る」なら、

「色々な細胞とは?に思いが至って当然」で、

「色々な細胞の実体に思いが至る」なら、

「生きている健康な正常細胞、生きている異常細胞、生きている健康では無い正常細胞、死んだ細胞、傷付いている細胞等々の実態に思いが至って当然」で、

「その様な色々な細胞が無意識に与える影響に思いが至って当然」だから、

「人の善悪愛憎等の感情の元となる無意識が、細胞群がもたらしている信号を基に築かれている事にも思いが至って当然」で、

「どの様な細胞が善の基となり、どの様な細胞が悪の基となっているのか?等々にも、思いが至って当然」で、

「善の基とは、正常で健康な細胞や、正常で健康な細胞を助ける事であり、悪の基とは、異常な細胞や、死んだ細胞等である事にも、思いが至って当然」で、

「善悪とは、健康問題である事にも思いが至って当然」で、

「人が年齢を積み重ねれば、必然的に、死んだ細胞等悪の基となる細胞群が増えている事にも思いが至って当然」だから、

「変に悟った気分で悪を認めるのでは無く」、

「善悪とは健康問題であり、善悪愛憎等の基は細胞からの無意識への刺激なのだ」から、

「成熟とは、自分の実態も把握出来ずに、悪戯に、年齢を重ねた自分の無意識が赴くまま、悪を認める事では無く、

善悪愛憎等、細胞からの無意識への刺激を十分に理解・把握をした上で、健康を保つ事等だ」と、

「気付く筈」である。

「それなのに、悪戯に悪を認める事を成熟としている様」では、

「愚民化情報か、悪の工作応援情報等なのか」という話しになるのだ』。

『また、「人生の目的さえ???が当たり前」という「まるで悟りの浅い坊主の説法みたいな論まで在る」のだが、

「実際は、自分の実態が細胞群である事を十分に理解・把握している」なら、

「細胞群の命の連続性にも思いが至って当然」で、

「細胞群の命の連続性に思いが至る」なら、

「地球上の生命体の命の連続性に思いが至って当然」で、

「そこで、地球上の生命体の目的は?を考える」なら、

「基本的には、存続である事に思いが至って当然」だから、

「人間である自分本来の目的とは、地球の生命の存続である事に思いが至って当然」なのだ。

「人類として、地球の生命の存続を考える」なら、

「地球の限界も知っている人類だから、地球外に自分たち(地球の生命)の住処を広げる事も当然」で、

「その為には、科学技術等の発展も必需である事に思いが至って当然」である』。

『「現実把握が不十分なおバカども」は、

「人生には、正解が無い」等と「嘯く」が、

「実際は、地球生命体の存続への貢献という人類誰もの基本的目的からの整合性を取る」なら、

「ある人の人生に対する{神様の通信簿的な判定}も可能」なのだ。

「自らの実体に叛いている者たちは、どんなに現状人間社会のいい加減な経済社会システム上で、例え、巨万の富を得ていようとも、絶対的な権力を得ていようとも、

現実の{神様の通信簿}では、落第点になる」。

「逆に、どんなに金銭面や立場面で貧しくても、地球生命の存続への貢献が大」なら、

「{神様の通信簿}では、優等生」である』。

『「もちろん、{神様の通信簿}で優等生になったからと言って、死後の世界での安楽やより有利な立場での輪廻転生や、丸ごと一人の復活等が約束されている訳では無い」。

「そんなモノは、みんな丸ごと一人の死生観ゆえに必要だった{伝統文化遺産}に過ぎ無い」のだ。

「{神様の通信簿}での優等生が多ければ、それだけ、地球生命の存続も楽になり、

それこそが、自分の実体の永続性と直結している現実的に得る事が可能な永遠の命みたいなもの」なのである』。

『「現実把握が不十分な連中の要でも無い書物に、悪戯に献金し、その内容を妄信しても、ロクな事は無い」。

「無駄や実質的自虐は止めて、自分の頭で考えるべき」である』。

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