おバカ教師たちの学校カーストをつくる悪平等教育問題・・・。

『「教師等として、先ず初めに、生徒等に教えるべき」は、「自分で自分を健康にコントロールし続ける事」に他ならない。

「自分で自分を健康にコントロールし続ける者たちの集団」なら、

「異常・過分な格差等も、必然的に抑えられる」から、

「自然と、公平・平等な人間関係が構築される」』。

『「ところが、悪、もしくは、おバカ教師たち等」は

「自分で自分を健康にコントロールし続ける事を満足に教えず、

公平・平等状態こそが理想だ等と、

上辺の結果等を先に強いる様な酷い事を行う」』。

『「例えば、運動会の競争の時に、並んで手を繋いでゴールするのが、生徒の意思&集団的合意形成故なら、それも良い」が、

「先生からの指示ではダメ」である。

「自分で自分を健康にコントロールし続ける人」は

「自分とより深く付き合う分だけ、他の人の事も深く分かり易くなる」。

「その分だけ、他人を認める認識も深まり易くなる」から、

「他人の個性も認め易くなる」。

「競争等の優劣などは、人の個性の一つに過ぎ無い」。

「そんな事を過剰偏重するのでは無く、競争に強い人と言う個性を認めるだけの状態に落ち着き易い」のだ。

「当然、自分で自分を健康にコントロールし続けている人」は、

「競争以外の個性も認め易い状態にある」から、

「競争に強い人という個性を認めている裏」では

「例え、競争には強くなくても、その人が持っている個性が、自分自身やその集団では認められ易くなっている」のだ。

「そんな集団では、競争自体の価値は、競争結果至上主義集団等より低くなる」が、

「人の価値自体は、より高くなる」。

「教師が指示して、手を繋いでゴール」では、

「競争の価値も、無理やり低くされている」ばかりか、

「人の価値までもが、無理やり低くされている」のだ』。

『「そんな悪教育等を積み重ねれば・・・、得られる結果の一つ」が

「生徒同士が、他の生徒の目や評価等を過剰意識した、人気者至上主義や学校カースト等になってしまう」のは、

「当然の結果」だろう。

「本来、他の者・物・事に認められるか?否か?等」は、

「代償欲求の世界に過ぎ無い」。

「自分で自分を健康にコントロールし続ける事や本来欲求等を満足に教えず、

代償欲求の世界に拘らせる教育等」とは、

「ある意味では、自立を阻害する、洗脳・マインドコントロール教育」であり、

「酷い場合には、実態として、カルト宗教と同様ですらある・・・」のだ。

「教師というより、実質的には、罪人である様な者たち」には、

「過分な立場・報酬等は不似合い」だ』。

『「人気者至上主義や、人気の無い者が劣位に追いやられる学校カースト等」を

「つくってしまっている様な教師」からは、

「教師資格を剥奪するべき」だろう。

「何故なら、確信犯でその様な状態を誘っている者たちの先には、工作活動さえあるから」だ。

「少し考えれば、誰でも分かる事」だが、

「自分で自分を健康にコントロールし続けている人間なら、

工作活動を行ったり、

工作活動に協力したり出来ない」。

「何故なら、工作活動を行ったり、工作活動に協力したり・・・すれば、

その時点で、自分で自分を健康にコントロールし続けられていない状態に陥るから」だ。

「しかし、自分で自分を健康にコントロールし続ける事を教わらず、

他人から認められる事等を重視する様に教育される」と、

「工作活動を行っている仲間の目や評価等を重要視する歪んだ人間になってしまっている可能性も増える」。

「正に、操り人形化」である』。

『「悪教師等からは、過分な立場・報酬等を返上させるべき」だ。

そして、

「その被害者である、

自分で自分を健康にコントロールし続けず、

自分が接している他人の目や評価等を過剰に重要視してしまっている人々」は、

「出来る限り早く、そんな状態から自分を救い出すべき」だ』。

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民主党代表選「新宿、菅vs小沢立会演説」問題・・・。

『「新大久保~大久保」という「多くの朝鮮系の人々」が「暮らしたり、仕事をしていたりする地域」の「隣」である「新宿」』・・・。

『その新宿での立会い演説会の後で、「小沢コール」が起こった』。

『「小沢コール」を行った人々の多くが、朝鮮系である事が容易に推定』される。

『何故なら、「小沢」は、「在日韓国人の団体である民団」と「外国人参政権」を「約束した本人」だから』だ。

『「総理主導で、現実に政策を行う」旨訴えていた「小沢が、約束している事」は、

日本を一方的に圧倒的に不利にする「外国人参政権」や、

「子ども手当ての満額支給」&「農家等に対する所得保障」&「景気対策の大金ばら撒き」という「血税のばら撒き」』である。

『「冷静に考えれば、誰でも解る」が、

「日本を一方的に圧倒的に不利にし」、

「血税のばら撒きを行った」ところで、

「益々、日本が痩せ細る事」はあっても、

「日本の景気や雇用」が「良くなる訳」も無い。

「一時の景気対策の為のばら撒き」等で「酔った後」は、「衰退の坂を転げ落ちる事になる」。』

『「小沢の行おうとしている事」は、「総理主導の下」で、「日本を衰退させる」道に他ならない』。

『現在の日本国内には、「日本の衰退を喜ぶ人々」がいる。

日韓併合以降、「日本乗っ取り」や「反日工作」の「目的」で、

「帰化したり、在日状態にある朝鮮系の人々」等は、「その筆頭」だが、

「新宿で、小沢コールを行っていた人々」の「実態はその様な人々」なのだろう』・・・。

・・・・・・・。

『「菅総理による対韓自虐土下座談話」は、「中国や北朝鮮等に、不当で不要な増長を誘う事になる」旨、以前に記したが、

「いち早く不当で不要な増長」を示したのは、「ロシア」だった。

「現在ロシアでは」、

「終戦記念日を9月2日とし、

ソ連による北方領土略奪を正当化すると共に、ナショナリズムを煽る

情報工作が行われている」のだそうだ。

「せっかく、麻生政権の時に、少し動き出した北方領土の返還」も、

「菅の対韓自虐土下座談話」や、「鳩山のロシア訪問」が、「日本を舐めるキッカケ」となり、

「随分と後退」してしまった』・・・。

『小沢が約束している「外国人参政権」などが、通ってしまえば、

「日本を舐めている国々の人々」が、「こぞって渡来し、参政権を得て、その地域を乗っ取ろうとする事が、確実」』である。

『「日教組やマスゴミ」等の「平和ボケ自虐教育・情報」に「操られている」と、

「現状の世界の標準的な考え方」から、

「随分と現実逃避させられてしまう」が、

「残念な事」に、

「上記の様な状態を平然と引き起こしてしまう」のが、

「宗教」や「丸ごと一人の死生観」や「人種・民族ナショナリズム」等々が「未だに蔓延している」

「現状の人間社会」の「世界標準」なのである』。

『「実質的な日本の総理選となってしまう可能性がある民主党の代表選」、

「菅も小沢も、どちらも平均的な日本の総理よりかなり酷い」が、

「日本社会に対する悪影響」は、「小沢>菅」である』。

『有権者は、判断を間違ってはいけない』。

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杉並区の公立中学夜間特別授業・・・。

杉並区の公立中学夜間特別授業、成績優秀者だけでは無く、希望者全員・・・と、ようやく不当差別が外された・・・。

・・・が、現行の受験教育に適応して、優等生を量産する道は、

『官僚どものおバカさ加減をみても、その大間違いが解らないのか!!!』と、言われても仕方無い・・・。

そもそも、高学歴者を量産したいのなら、食生活の改善が一番で、次が試験に出る情報を如何に効率良く覚えされるか?・・・である。

実際に、筆者の知る限りでも、高学歴者の多くは「食事がマシ」である。

生体として脳を順調に使い、育てられる状況を作らずに、新たな知識を覚えることだけ無理強いしても、上手く行く率は低いのである。

いっそのこと夕食もマシな物を出し、平等にしたら・・・。

・・・・・・・。

しかし、今時、多くの人々が、そんな物事に成功したところで、まともな国にもならないのは、明白だ。

現状でも、高学歴で有利な立場を得た者たちは、前例主義の自虐労働の対価として大金を望み、自慰に明け暮れているのだから、

教育を考えるのなら、『自虐的にならない人間教育として何が必要か?』を真剣に考えた方が良い。

「こんな当たり前の事さえ気付かないおバカなのか・・・?」「ヒタすら現状に媚びる確信犯のオコボレ頂戴わんわんなのか・・・?」・・・知らないが、教育格差を無くす・・・と、ハナ息が荒い長を頂いてしまった杉並区は、実質的には、自虐性を益々高めてしまっている・・・。

食生活の是正無き、詰め込み教育は、生徒に不要で過剰なストレスを植え付けるばかりか、

「成功しても、現状の官僚の同類が出来るだけ・・・」で、

「成功しなければ、余分なストレスゆえ、より荒れやすい生徒を量産するか、

作り出された負け犬根性を植え付けられた人間を量産するか・・・」になってしまい易いのだ。

人間としての基本を支える衣食住から始め、

教育にしても、「現状適応成功者を量産して、上手くやったつもりになりたい現状権力者の思惑による教育」では無く、

『人間として、現実的に健康な人生が送れる人々を量産する為に必要な教育』から始めるべきである。

『人としての基本』が危うければ、高度な知識を得ても、

例えば、「原爆をつくって、他の人々を大量に殺してしまったり・・・」、

「搾取・略奪財産で大量消費自慰生活に明け暮れることが、人生の成功だと勘違いするおバカ」が量産されてしまう・・・。

人としての基本が出来れば、情報は十分にある今時、『必要な知識など自分で高度に構築出来る人間が量産される』のだ。

夜間特別授業を行い続けるのなら、基本的な教育目的から考え直した方が良い。

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英語教育に不安を感じる教師たち・・・。

小学校5年生から英語教育が始まる・・・となると、問題は、「英語を教える教師たち・・・」である。

筆者が高校生の頃は、英語の教師が、海外に行き、

「英語が通じた!!!」と喜んでいたぐらいだから、

島国日本国内で、まともに『使える』英語を教えられる教師など、今でも、少数だろう・・・。

ある意味では、不安になって当然だ・・・。

逆に見れば、『いい加減でも、日本国内では、滅多にバレない・・・』のが実態である。

英語にだって、方言や訛りがある。

何処の英語を基準とするのか???は、大きな問題だが、

英会話学校の教師だって、オージー訛りだったり、南部訛りだったり・・・するのだから、

『日本訛りでも、意思が正確に通じれば十分』だろう・・・。

日本語は、口先で発音するが、英語も多くの他の外国語も、もっと奥で発音する。

身体から音が出ている感じに近いので、筆者の知っている英語を話す人々は、皆、大声に聞こえる・・・。

狭い島国で、大声が流行るのも如何なものか・・・と思うが・・・。(ガッハッハ・・・)

せっかく英語を教えるのなら、言語と環境・文化は、切っても切れない関係であることぐらいは、『十二分に教えるべき』だろう・・・。

『意思は通じるが、相手の文化も環境も理解していない・・・』という状態は、

『鯨を食うな!!!と、「自分たちの思いダケ」をデタラメに叫ぶ団体みたいで、みっともない』・・・。

ある程度の理解の上に、『その件は、科学的・現実的に違う・・・。』というスタンスが保てるように、導くのが本来の教育である・・・。

英語と共に、欧米文化・キリスト教等も、『客観的・科学的・現実的』に教えるべきである。

宗教は、科学的検証法が少なかった時代に、

『考え・思うことで納得出来るように、考え出され』、

『権力者たちの考え・思いを載せた、勝者の歴史の仮面を被り』、

『権力者たちの都合で編纂され、権力者たちの都合で利用されている』・・・というくらいの

客観的認識があれば、

『宗教自体に毒される』ことも無いだろう・・・。

外国の文化・環境を客観的に見ることで、自国の文化・環境も客観的に見ることが行い易くなる。

最低限の客観性が持てれば、振り込め詐欺や、霊感商法等の詐欺的事件の被害者等も激減するだろう・・・。

・・・・・・・。

あるフランスの村では、墓地が不足してしまったので、「埋葬されたければ、村の中で、死んではならない!」という村長命令まで出たらしい・・・。

死生観も科学・現実との整合性を検証するなら、墓の形も全く変化する。(関連記事をご参照ください。)

これから先、宇宙に住処を広げようとしている人類にとって、

『旧来の文化の再検証は、必須事項』である。

頭の柔らかい内から、

『現実との整合性の高い知識』を得て、

『現実との整合性の高い考えを持てるようになる』ことは、

重要だ。

『特定の誰かの都合を刷り込んで、「人類の未来を危うくする工作活動」に協力してはならない!!!』

・・・で、英語・・・、「英語だけ・・・なら、特定の誰かの都合では・・・!」

そんなモノに不安を感じる暇が在るのなら、

『生徒の未来を考えて欲しい!!!』

自らの英語の技量より、『ずっと、ずっと深刻な問題』だと思うが・・・!

・・・・・・・。

教師として出来ることを放棄した教師など、現状権力者のオコボレ頂戴わんわんに過ぎない。

立場のある者は、その立場を、『地球生命体細胞群の永続の為に、活かして』欲しい・・・。

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言葉で傷つく・・・の嘘・・・。

言うまでも無く、言葉は所詮言葉である。

催眠術にかかっていたり、物理的に大きな声や大量の声で圧迫されていたり・・・しないのなら、

言葉が直接傷つけることなど無い。

問題は、聞き方である。

事実でもない戯言を事実の如く扱い気にすれば、気分も悪くなって当然だ。

しかし、事実では無いバカなことを言っている、バカなことを言えば、言った方が事実を失っているのだから、その自虐的姿を見て笑おうか・・・、等の聞き方をすれば、

笑い話と似たようなものだ。

・・・・・・・。

「自分は、常に他人から良く言われていないと安心できない・・・」というのなら、

そのような『基本的自信が持てない自分の心理』を理解・分析・調整して、

『事実・現実に支えられている基本的自信』を回復すれば良いのだ。

この場合は、当面の言葉の問題では無く、自己の心理の問題である。

道徳などでは無く、小学生から、或いは今からでも、チャンとした心理学を学べば、多くの人々がそれなりに解決出来るだろう・・・・。

・・・・・・・。

本当の事を言われた場合は、お互い様・・・等と甘んじて受けるか、自分でその物事を直すしか無い。

自己改革に成功すれば、応分に人生も豊かになる。

指摘してもらってありがとう・・・ぐらいに思えば、自己の成長も早くなる。

・・・・・・・。

『言葉など、一番上辺の要素なのだから、何も恐れることなど無い』。

『恐れ慎むべきことは、気持ち・思い・考え等の「外面の要素に拘り」、「事実・現実を壊すこと」である』。

多くの人々がそんな愚かなことを行ってきたから、

戦争の歴史となり、

地球生命体細胞群の存続に必要な環境が破壊され、

人類滅亡が迫ってきたしまっている・・・のだ!!!

・・・・・・・。

言葉や気持ちで傷ついた・・・というのなら、その実体を確かめることをお奨めする。

より深くから自分をコントロール出来るようになったり、

より多くの事実・現実を共有出来るようになったり・・・、すると共に、

『悪意のある他人の思惑を見破る能力も向上し』、

『悪意のある他人に自分がコントロールされてしまう事態も防げる』ようになる。

事実・現実にサポートされている基本的自信を基に、自分の人生がより自由に歩めるようになるのだから、本当にお奨めである。

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人の気持ちがわかる大きな人になりたい・・・の嘘・・・。

人の気持ちがわかる、大きな人になりたい・・・等の目標(幻想)を抱く人々は後を絶たない・・・。

ハッキリ言えば、人間が他人の気持ちを本当に理解することなど不可能である。

どんな人でも、それぞれの思考体系を持ち、それぞれの人生経験を積みながら生活しているのだから、

『それぞれの気持ちが違うのは当然』である。

その気持ちに対し、聞き上手になったところで、本当の理解など出来る訳が無い。

理解出来た、気持ちを共有出来た・・・等の幻想を抱くだけである。

似たような気持ちや考え方になることは、あるが、それを理解と言ってはいけない。

『似たものを同じとすると、同じでないことが許容出来辛くなる』。

共有気分に浸っている間の関係は良好なのに、何かの拍子で、仲が最悪になる・・・というような例は少なく無い。

そのような事態は、『勝手に同じだと思い込んでいた事が起こす悲劇』である。

『気持ちも、考えも、思いも・・・、所詮、一番上辺の要素なのだから、十人十色が当たり前』なのだ。

・・・・・・・。

人間同士が共有すべきは、『事実・現実』である。

誰もが地球生命体細胞群の一塊であるという事実は、現実で、この基本的な事実・現実さえ共有出来ないでいるから、

同じ地球生命体細胞群の一塊である人間同士が、自虐的な競争・闘争行為を行ってしまうのだ。

事実・現実を共有するなら、戦争なんてバカらしいくらい自虐的であることも直ちに解るから、下らない軍備など、全て国連に丸投げし、圧縮することだって容易い筈だ。

・・・それを、あなたの気持ちは良く解る・・・と、気持ち・考え・思いの上での同胞を求め、そんな上辺の要素の同胞集団の優位性に拘る・・・から、何時まで経っても、『当たり前の世界平和』さえ実現出来ないでいるのが、現状の人間たちである。

大きな人になりたい・・・というのも、幻想である。

どんな人だって、タカだか60兆の細胞群である。

大きいも小さいも無い。大差無いのである。

そして、考え・思い・気持ち等の要素なら、誰だっていくらでも膨らませる。

事実・現実を共有するなら、『特定の誰かが大きいなんて事態こそ避けられるべき』であることも直ちに解る筈だ。

細胞群の塊同士が、どっちが大きいの小さいの・・・騒いだところで、無駄なエネルギー消費が加速されるダケで、事実・現実は変わらない。

地球生命体細胞群は、地球生命体細胞群として、永続を目指すことが、事実・現実に叛かない道である。

他人の気持ちがわかる大きな人になりたい・・・というのは、事実・現実に叛きたいと言っているのと同義である。

おバカもいい加減にしなさい!

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米兵に綱紀粛正を求める愚かさと、付いていってしまった『中学生』に危険認識を求めた新潮の愚かさ・・・。

そもそも、通常の情報・教育で持て余してしまうぐらいのワルを、叩き込んで隔離している・・・要素もある在日米軍・・・。

その連中に『教育で綱紀粛正を求める』・・・とは、笑止千万である。

『そんな教育を受ければ、益々ストレスが溜まるだけ!!!』だっちゅうの・・・!

「現状」対策を行うなら、基地の中にソープでも配し、『基地から出る時は、「抜き済み」にする』・・・くらい行わなくては、無理。

言うまでも無く、一番良いのは、米軍にはお帰り頂き、余りあるエネルギーは、米国内現状権力者たち等に向かわせて頂くことである。

そうすれば、困った現状権力者たちも、『本当に必要な、情報や教育、健康を損なわない社会体制』に気付くかも(?)知れない・・・。

・・・・・・・。

マダマダ若く『他人を信じたいエネルギーで満ち溢れている』中学生に、危険認識を求める論調を展開した新潮も酷い・・・。

徐々に現状・現実認識を深めている段階の年齢の人々に、『一律に同様の認識を求める』事自体、大きな無理がある・・・。

しかも、情報・教育が現状のような状態で・・・。

米軍が居るお蔭で儲けられている人々も居るのが、実態だから、米兵=完全悪とは宣伝されない。

部分悪として宣伝されている限り、解釈次第で用心の深さが変わる・・・のは、大人とされている人々でも同じだ。

ましてや、大人とされている人々だって、振り込め詐欺や霊感商法等のような『解り易い悪行』にさえも騙されている・・・のが、現状の情報・教育の成果である。

『対人問題』とは、例えば、「交差点では、信号より、他の車やバイク等の動きに気を付けるようにしなさい。」・・・というような、『対物問題』とは訳の違う、高度な判断が求められる物事なのである。

『若年層の安全確保は、成人層の責務』である。

政治家/官僚・テレビ/マスコミ・教師/親・・・等が責められるのなら、話しは解るが、

被害中学生を責めてはいけない!!!

被害中学生を責める前に、マスコミの一端である自らを責めるべきだろ!・・・新潮!!!

何れにしても、情報・教育、人間社会等をより現実的なものにすることが一番だが・・・。

(他の記事もご参照下さい)

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教育指導要領、改訂案・・・。

円周率で、3.14が復活したり、47都道府県を全て教えるように・・・と『当たり前』の改訂は当然として、

道徳の『形式主義』には、呆れる・・・。

まるで、旧軍部の玉砕思想の如く、先ず形式ありき・・・で、

例えば、挨拶をしましょう・・・、

社会のルールを守りましょう・・・、

・・・では、『司令部の「思い」通りに動く操り人形の量産をしたい』と言っているのと、同義である。

・・・・・・・。

挨拶とは何か・・・?

自己の存在を相手に示し、その対応反応を求める『確認行為』だ。

『対応反応には、上下関係も付きまとう・・・』。

目下の者から挨拶をするのが当たり前と教え、

目上の者からの『対応反応を求める習慣付け』を行うのだから、

挨拶を形式的に教え込むことは、

他の社会等の科目で、目上だと教えてある現状権力者たちにとっては、非常に都合の良い『調教』に他ならない。

本来なら、『挨拶の意味を実体通り教え』、

挨拶順等の社会通念的概念は、別途に『実体通り歴史・文化的要素』として教え、

挨拶に対する『対応反応が得られた場合の心理』や、

『得られなかった場合の心理』を『体験』させ、

その『快感の意味』や、『ストレスの意味/処理方法』を教えれば良いだけ・・・だ。

社会のルールにしても、『そのルールの実質的な意味も教えず、タダ「守りましょう・・・」では』、

『ルールを作る者にとって、都合の良い操り人形が量産されるダケ』で、

・・・何の為の教育なのか???

そのルールを守ることの実質的な意味を教え、考え、納得して行くプロセス無しに、ルールを守り続けるような人間では、ルールと現実が合わなくなっても、満足な補正/改定さえ出来ないだろう・・・。

そんな者を量産して、どうする!

・・・・・・・。

形式では無く、現実との整合性がある内容のある物事を学んでこそ、

『知能的にも、精神心理的にも、成長出来る』のである。

・・・道徳など、『考え・思いによる納得法の一つ』に過ぎない。

『考え・思いは十人十色で当たり前』だ。

・・・道徳という宗教を偏重して教えず、

科学現実との整合性のある学問『チャンとした心理学』を教えるべきである。

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自己責任・・・。

どんな親の下で産まれて来るのか・・・?は、自己責任では無い。

遺伝子は偶然的に選択され、組み合わせて使用されている、主として生物的環境適応情報を伝えている部品であり、

親子関係は、個人の人格とは無関係だから、当然だ。

親のもたらす環境も自己責任では無い。

偶発的にそれぞれの家庭に産まれおちた人々が、偶々異常なほど金銭・財産等に恵まれていたり、偶々異常なほど不遇だったり・・・しているダケである。

この『異常な差』を維持しようとするのか・・・?是正しようとするのか・・・?は、『個人個人の判断であるから自己責任』である。

産まれおちる環境には多様な種類がある。これは、悪く無い。

産まれおちる環境に異常なまでの格差がある。これは、異常で直さなくてはならない。

『種類と格差は違う』のである。

多様な種類の環境を温存し、異常なまでの格差を是正した後で、人の移動の自由を確保すれば、

その人本来の才能が一番発揮し易い『適材適所』が、可能になる。

・・・・・・・。

競争社会を温存するにしても、『フェアな競争で無ければ、秩序など保てる訳が無い』。

言われ無きハンディキャップを温存しようとする行為は、『秩序を乱していることと同じ』なのである。

『犯罪司令部』と言っても良いだろう。

偶々金銭・財産等に恵まれた人々や、

『言われ無きハンディキャップレースで、

他人という同じ地球生命体細胞群の一塊より、

特定の

極一部の

その時の

要素で秀でていることを

「偏重してもらい」

優位な立場を得た者』たちが、

『自らを犯罪司令部に置き、不当な利権を維持したまま、軍や警察で無理やり秩序を維持させよう・・・としている』のが、『現状の不備だらけの人間社会』である。

不備を直そうとするのか・・・?

不備をそのままにして、不備ゆえの利権を得ようとするのか・・・?

本来、評価されるべき『努力・頑張り』は、言うまでも無く、『不備を直そうとする努力・頑張り』である。

不備をそのままにして不備ゆえの利権を得ようとする事は、努力は努力でも、頑張りは頑張りでも、

『本来、評価されるべきでは無い』、『破壊の努力・頑張り、もしくは病的な努力・頑張り』である。

・・・・・・・。

『破壊や病気の進行を頑張ったり、努力したりしている・・・』のも、個人個人の判断に基づいているから『自己責任』である。

それらの物事を行っている人々を支持・応援することも『自己責任』である。

・・・・・・・。

『自己責任である物事について、その実行者はその責任から逃れる事は出来ない。』

『破壊や病気の進行を頑張り・努力している者どもには、破壊と病死が与えられる事となる。』

『それらの物事を支持・応援する人々が多数なら、人類滅亡となる。』

カウントダウンは進んでいる・・・。

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地球温暖化防止の肝・・・。

地球温暖化防止が叫ばれている。

・・・「もったいない」

「技術革新で切り抜けられる」

・・・等など、

「現状を維持したまま」何とかしようと悪あがきをしている醜悪さは見るに耐えない・・・。

一番の肝は、現状の「大量消費自慰生活を目指す価値観」を「劣った病的な価値観である」と「ちゃんと認識する」ことである。

まるでメタボのような生活習慣は、本当にみっともない。

「もったいない」を叫べば、大金持ちから貧乏人までみんな節約・・・となるが、

ハナから大きな環境負荷をかけていない人々に対してプレッシャーをかける事自体「失礼な話し」である。

本来なら、「足るを知れ!」で良いのだ。

不足している人々はもっと求めるのが当たり前だ。

大枚を得て大量消費自慰生活を送っている者どもから「大量の環境負荷税」を取り、

「大量消費自慰生活は目指すべき成功者像では無く、恥ずかしい未熟な病的な状態である」という

当たり前の健康な価値観が持てる人間が数多く出易い環境をつくれば良いだけだ。

そのようなベースがあってこそ、最新技術も生きる。

大排気量の大きな車よりハイブリッド化した大きな車の方が環境負荷は小さいが、どちらもメタボに変わりは無い。

軽量コンパクト車なら、旧来の技術でも大きなハイブリッド車より環境負荷が小さいのだ。

更にそれを最新技術でブラッシュアップすれば、レアメタル問題も起こさずに環境負荷は更に小さくなる。

身体的メタボに憧れるとしたら、病的だと誰もが思うだろう。

人間生活も同様で「足るを知る豊かさ」の無い「頭と心が貧しいメタボ生活」は本当にみっともない。

みっともないばかりか、不平等・不公平感を蔓延させ、人々の興味を病的な物事に誘導し、事件・事故の「犯罪司令部」ともなっているのだから、

迷惑な事この上無い。

他人に掃除を任せないと維持出来ないような大き過ぎる家とか、たった4~5人の人しか乗らないのに1.5トンをも上回っている重い大排気量車とか、には、大量の環境負荷税をかけるべきなのだ。

大枚を稼げても大量消費自慰生活を行えば大量の税金が取られる「当たり前の健康な人間社会」にすれば、人々の興味は大枚では無く、適材、適所、自分の適性等になるから、

「金権拝金自慰主義社会から卒業」し易くなる。

金権拝金自慰主義社会のまま時を重ねれば、「地球温暖化~人類滅亡行き」である。

「現実民主主義」へと転換すれば、「地球生命体細胞群の永続が可能」で、それは「実現可能な永遠の命」なのだ。

地球温暖化防止の肝は、「もったいない」では無い。「足るを知る」である。「メタボ生活の否定」である。

この程度の事も、情報発信しないテレビ・マスコミは、小金持ち集団のメタボ生活中毒患者の巣でもある。

何故、メタボ生活中毒となるのか?と言えば、現実逃避が激しいからで、

何故、現実逃避が激しくなるのか?と言えば、自分の実体に叛いているからである。

傍から見れば、裸の王様状態であるのは丸見えなのだが、

それでも金と物・者に埋もれて誤魔化し続けたい、誤魔化し続けられると『思い込んでいる』のが、みっともない現実逃避主義者の実態である。

そのような人間どもを優等生として送り出して来たのが、過去の未熟な教育である。

自分の実体に忠実ならば、仕事とは、地球生命体細胞群の存続に貢献する記憶を残すことであることぐらい直ぐに解る。

巷で嘯かれている仕事という名の破壊行為は、ちゃんと破壊行為として認識出来、

人生の目標も大量消費自慰生活で破壊に明け暮れることでは無く、

自分の適性に合った「仕事」をこなしながら、自分という地球生命体細胞群の一塊と共に健康に歩む事であることぐらい直ぐに解る。

そのような基本があってこそはじめて、現状との接点で妥協しつつ、地球生命体細胞群の永続へと続く道へと人間社会を引っ張るエネルギーを、人間社会に対して加えることが可能になる。

はじめて「破壊行為では無く仕事が出来るベースが得られる」のである。

そして、上記のような事を知らしめることこそ情報・教育の役割なのだ。

現状権力者やそれに替わる者になろうとしている者どもにとって都合の良い「将棋の駒」を量産すること等は、教育・情報の役割では無い。

他人を支配・コントロールしようとするのは、自分さえ満足に知らずコントロール出来ない愚か者の行うことだ。

自分で自分を知りコントロールするための基本知識を与えることも、情報・教育の重要な役割である。

地球温暖化防止の肝は、「価値観の健康化」である。

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